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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)876号 判決 1974年12月19日

主文

原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人平松久生の上告理由について。

原審は、(一)被上告人は、かねて訴外渡辺藤吉から五〇万円を借り受け、その支払のため約束手形を振り出しその書替を繰り返してきたが、昭和四一年三月二四日本件手形を右の書替手形として、満期を同年四月二五日と記載し、振出日及び受取人の各欄を空白としたまま、訴外アズマ製菓株式会社(以下アズマ製菓と略称する。)の経理係で従来から被上告人の用をも足していた長久保実をして渡辺方へ持参交付させたが、その後、本件手形は一か月の支払猶予を得て金額五〇万円の手形に書き替えられることになり、長久保は右満期の前日である同年四月二四日書替手形を渡辺方へ持参し、本件手形は同年六月二五日ころまでに渡辺から被上告人に返還されたこと、(二)一方、アズマ製菓は、訴外羽鳥かね子を通じて上告人から五五万八〇〇〇円を借り受けることになり、長久保は同年四月八日上告人から右金員を受領し、金額二〇万円、満期同年四月二六日及び金額三五万八〇〇〇円、満期同年五月七日、いずれも振出人アズマ製菓、受取人を羽鳥商店とする約束手形二通を上告人に交付したこと、(三)その後、アズマ製菓の支払が困難となつたので、長久保は、アズマ製菓のため右金額二〇万円の手形について満期の前日である同年四月二五日上告人に対し支払の猶予を求めたところ、上告人から担保の提供を求められたが、アズマ製菓には差し入れるべき格別の担保もなかつたところから、窮余の末たまたま渡辺から返還されて被上告人方にあつた本件手形を被上告人の承諾を得ないで、アズマ製菓の上告人に対する債務の担保として、翌四月二六日上告人に差し入れたこと、(四)ところが、その後間もなくアズマ製菓が倒産したので、上告人は、本件手形の振出日欄に同年四月二九日と記載し、受取人欄に自己の氏名を補充し、滝野川信用金庫に取立を委任し、同金庫において同年七月二五日に本件手形を支払のため呈示したが支払を拒絶され、右金庫から本件手形の返還を受け、現にこれを所持していることをそれぞれ認定したうえ、本件手形が上告人の取得するところとなつた経緯は右の如くであつて、上告人が本件手形の取得について悪意又は重大な過失があるものとすることは被上告人の主張立証しないところであるから、結果として本件手形は被上告人の意思に基づいて流通におかれ、上告人に交付されたものといわざるをえないとし、その関係は被上告人が一旦渡辺から返還を受けたものを上告人に交付し、上告人が自ら受取人欄に自己の氏名を補充したものであるから、両者の関係は直接の当事者ということに帰着するところ、被上告人は本件手形がアズマ製菓の上告人に対する債務の担保として上告人に交付されたことは全く知らなかつたものであり、他に上告人と被上告人との間になんらの取引関係もなかつたことは本件口頭弁論の全趣旨により明らかであるから、本件手形は原因関係を欠くものというべきであるとし、したがつて、被上告人は、上告人が善意で本件手形を取得したものであると否とを問わず、上告人に対し本件手形の支払を拒否することができる旨判示し、被上告人の原因関係欠缺の抗弁を是認して、上告人の被上告人に対する本件手形金請求を認容した一審判決を取り消し、上告人の右請求を棄却したのである。

しかしながら、上告人が長久保から担保の趣旨で受け取つた本件手形の白地受取人欄に自己の氏名を補充したものであるから、上告人と被上告人の関係は直接の当事者ということに帰着する旨の原審の判断は、にわかに首肯することができない。なんとなれば、原因関係欠缺の抗弁のごとく、ある手形債務者が特定の手形所持人に対してのみ対抗しうるいわゆる人的抗弁の当事者は、手形上の形式的記載を基準としてこれを決定すべきものではなく、現実の手形上の権利移転関係によつて決すべきものと解するのが相当であり、これを本件についてみるに、原審の前記認定したところによれば、受取人欄白地の本件手形は、アズマ製菓の被用者たる長久保によつて被上告人方より同人の承諾を得ないで持ち出され、アズマ製菓の上告人に対する債務担保の目的で同人に譲渡されたものと解せられる余地もあるから、もしそうであるとするならば、右手形の流通経路からみて、上告人と被上告人が原因関係欠缺の人的抗弁を受ける直接の当事者ではないというべきである。したがつて、原審が、受取人欄補充によつて上告人と被上告人の関係が右の意味における直接の当事者ということに帰着する旨の判断をしたのは、法令の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならない。

そうすると、上告人と被上告人間には本件手形につき原因関係を欠くとして被上告人主張の原因関係欠缺の抗弁を是認した原判決には、叙上のような違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由がある。

よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷

(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫)

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